障害年金の手引 > 当事務所の事件簿から

私の裁判体験記(1)

はじめに

 私が国を相手に8つの事件で闘った体験について述べたいと思います。

 社会保険には、裁判の一審に相当する審査請求と二審に相当する再審査請求という不服申立の制度がありますが、その実態は裁判とは似て非なるもので中立公正からはほど遠い、と言っても決して過言ではありません。

 例えば、裁判で争うような微妙な見方や解釈で判断が逆転するような案件の場合、審査請求や再審査請求で本人の不服が認められることは、残念ながら、まずありません。

 一審の審査請求を担当する部署は社会保険審査官(以下「審査官」)、二審の再審査請求を担当する組織は社会保険審査会(以下「審査会」)と呼ばれます。

 審査官や審査会審査委員のような認定基準と法律の専門家でなくとも、「一般の素人のだれが判断しても日本年金機構の認定は明らかにおかしい!」というようなケースでないかぎり、審査官や審査会から(すなわち審査請求や再審査請求で)不服が認められることは非常に難しいのが実態です。

 が、そうした日本年金機構の認定が社会通念上も疑われる案件ですら、審査請求や再審査請求では、不服が棄却されてしまうという理不尽な審査は決して珍しいことではありません。

 そのような中立公正とは到底言い難い審査状況の中で、社会保険労務士が不服申立の代理権を付与された初期の頃から、私は審査請求及び再審査請求にかかわって参りました。

 ところで、具体的に数を比べたわけはありませんが、私がこれまでに審査請求及び再審査請求を手がけた事件数は全国の社会保険労務士の中で−−決して自慢するわけではありませんけれども−−随意一のはずです。

 こうした社会保険の不服申立の理不尽な審査実態を数多(あまた)に経験してきたことから、当初は審査官を全国の地検に刑事告発してきましたが、審査官の不当・違法な審査が大きく変わることはありませんでした。

 そこで、次に思いついたのが国賠(国家賠償訴訟)でした。

 本来ならば、審査官が不当・違法に棄却した決定について、その取消を求める訴訟を行いたいところですが、審査請求や再審査請求を経た案件は弁護士の職域である裁判となるため、社会保険労務士が手を出すことは弁護士法違反になるので、残念ながら、できません。

 となれば、不当・違法な決定をなくす別な方法は、審査官の不当・違法な審査をやめさせることであり、すなわち審査官本人を訴えることしかありません。

 ということで、本当は、不当・違法な審査をやった審査官本人を被告とし提訴したかったのですが、法律上、公務員「個人」を被告にすることができませんので、国が相手となってしまいました。

 先に述べましたように、すでに社会保険の不服申立で裁判と似たような手続きについては豊富な経験がありましたので、また弁護士を代理に立てるとなると膨大な費用がかかることになりますから、訴状の作成から毎回の準備書面の作成、口頭弁論までの一切を自分だけでやる「本人訴訟」で闘うことにしました。

 ただし、社会保険で裁判と似たような経験があるとはいえ、裁判自体についてはド素人が国の弁護士と闘うわけですから、それなりの準備は必要でした。

 そこで、平成28年に、1年間をかけて『法律文書作成の基本』(田中豊)、『事実認定の考え方と実務』(田中豊)、『国家賠償訴訟の理論と実際』(国賠訴訟実務研究会編)、『国家賠償訴訟』(深見敏正)、『本人訴訟ハンドブック』(矢野輝雄)等で、じっくり勉強をしました。

 そして平成29年1月に初めて訴状を東京地方裁判所の窓口に提出しました。

 この時期たまたま審査官の棄却処分が重なり、最初の提訴後−−個別の案件は異なっていても、不当・違法な決定であることに変わりはありませんでしたので−−やるなら徹底的にやろうと決め、結果的に8件もの国賠で闘うことになってしまいました。

 このため、裁判は3年近くに及んでしまい、息つく暇もないほどの3年間でした。

 年間の平均出廷回数は30回、多い時は、1週間に2回も裁判所へ行ったこともありましたので、有名人(デビ夫人、モー娘、松居一代)の裁判の日と重なったこともありました。

 もちろん本人を直接見たわけではありませんが、朝、裁判所の門のところまで行くと、マスコミが大勢でカメラを持って待ち構えており、「きょうは有名人の裁判がある」ということはわかりましたので、裁判所から帰ってテレビのスイッチを入れ、ワイドショーで確認していました。

 毎回、弁論が始まる開廷前に、気分をリラックスさせるため、30分ほど裁判所(東京地裁・高裁)の地下1階にある喫茶を兼ねた食堂でコーヒーを飲むのが常でしたが、頻繁に利用するものですから、店員さんにも顔を覚えられるほどで、その店員さんはたぶん私のことを弁護士だと思い込んでいたはずです。

 TVニュースの画面で目にするあの東京地裁・高裁の法廷で、毎回、裁判官を間に挟んで左側の原告の席に私が一人で座り、右側の被告席に国の訴訟代理人、及びその関係者計4〜7人が座って対峙しました。

 ちなみに、地裁レベルで争う場合、通常、裁判官は一人ですが、国賠でしたので、地裁レベルから裁判官は常に三人でした。

 裁判については、それまで全くの未経験のうえに、法廷内では毎回1対4〜7という全くの孤独・孤立状態でしたので、最初は極度の不安と緊張に見舞われました。

 しかし、回を重ねるうちに徐々に要領を得、また、わからないことは事前に裁判所の担当書記官にも聞くことができましたので、少しずつ裁判自体と法廷の雰囲気に慣れていきました。

 裁判手順の中には、法廷内(公判)ではなく、弁論準備という裁判官も法衣を脱ぎ普段着姿で、非公開の密室の中で行うものもあり、これも経験しました。

 しかし、結果は芳しいものではなく、8件すべてにおいて敗訴してしまいました。

 一審と二審については、無条件で提訴できますが、最高裁への提訴、つまり上告については条件を具備していなければなりません。

 すなわち、一審と二審が事実認定を争うことに対して、最高裁は下級審が適用した法律が正しかったかどうの法律審であるため、たとえ下級審での事実認定に明らかな誤りや不当な判断があったとしても、下級審の適用した法律が誤りであることを主張(証明)することができなければ、訴えそのものを受理してもらえません。

 事実認定が明らかに誤っていても、事実認定の誤りではなく、法律の誤りを主張せよというのは、どう考えても理不尽で納得がいきませんが、仕方ありません。

 したがって−−「地裁や高裁がダメでも最高裁まで徹底的に争う」と一般の人は簡単に言いますが−−最高裁で争うためには、その前提として、まず訴えが正当であるとする違法理由を最高裁の判事に受理してもらわねばなりません!

 が、これが超難関なのです!!

 実際そうでした。

 すなわち、8件のうち、2件は最高裁に上告理由申立書を受理してもらえませんでした。残り6件のうち4件については、高裁の事実認定に明らかに誤りがあったにもかかわらず、高裁の適用した法律に誤りがあるのを証明するのが困難でしたので、不本意ながら上告を断念せざるを得ませんでした。

 あとの2件は、地裁の判決が出た時点で、これまでの経験から「高裁に控訴しても、どうせ理不尽な棄却が待っているだけだろう」との判断から、控訴もしませんでした。

 今回、自分で裁判を経験してみてハッキリわかったことは裁判所は決して中立公正などではないということです。

 それどころか、特に国賠の場合、裁判所による国への肩の入れ様は異常で、全く唖然としました。

 というよりも、当初は裁判所を信じておりましたので、毎回、判決書の棄却理由を読むたびに「裏切られた」という感覚で、憤りの念が噴出するばかりでした!!

 8件も裁判をやったのですから、いろいろな裁判官にも出遭いました。

 TVドラマとは異なり、かなり個性的な裁判官もいましたけれども、あとでわかったことですが、担当判事の中には、マスコミで取り上げられた所謂「トンデモ裁判官」もおりました。

 ジャーナリストの門田隆将が『裁判官が日本を滅ぼす!』というストレートなタイトルの本を出版しましたが、全くその通りで、奇しくも月刊『正論』の令和元年6月号の特集も「裁判官がおかしい」でした。

 これは日本の深い闇の部分、国家の病理です。

戻る